アメリカ・サンフランシスコを拠点に、市場調査・ブランドローカリゼーション・プロモーション戦略などのマーケティングやデザインを一手に引き受けている、エクスペリエンスデザイン会社のbtrax(ビートラックス)。最近では、日本企業に「デザイン経営」を浸透させるべく、経営にデザインを取り入れた新たなビジネス戦略を学ぶカンファレンス「DESIGN for Innovation」を開催している。今回は、CEOである、Brandon K. Hill氏に「デザイン思考の重要性」と「デザイン思考を用いた組織作り」2つの視点でお話を伺った。
※ 本稿は、「 × DESIGN Interview 」の特別編として、btraxの「日本向けのデザイン経営支援サービスのメソッド」と「ワーク・ライフ・インテグレーションを重視した働き方と組織デザイン」の前後編二回に分けて記事をお届けします。
一番の目的は、イノベーティブなサービスを作り出すこと
― 貴社は、日本企業向けにデザイン経営を支援するサービスを提供されていますが、具体的にはどのような内容なのでしょうか。
サンフランシスコのスタートアップ企業が取り入れているデザイン思考のアプローチを、日本企業の課題に沿った形で提供することで、イノベーティブなサービス・プロダクト開発ができるように支援しています。
具体的には、デザイン思考を活用したワークショップや、短時間で新規プロダクトを作り出すデザインスプリントのプログラムを行っています。ワークショップでは、グローバル展開のノウハウ、新サービス・プロダクト考案のメソッド、マーケティング手法、優れたデザイン力、シリコンバレーに広がるネットワークなどを効果的に活用し、企業の新規事業創出や海外展開への効果的なサポートを提供しています。
― デザイン経営を支援するサービスを始めようと思われたきっかけは?
そもそも、デザイン経営を支援するサービスというアウトプットを目的にしている訳ではありません。一番の目的は、「イノベーティブなサービスを作り出すこと」。
これまでの経験上、会社の経営部分から関わってクライアントの方と二人三脚で進めないとなかなか面白いプロダクトが作れないと感じていました。経営者や経営に関わっている方々と一緒に物を作る中の取り組みの一つとして、経営者にデザインの考え方を教える「デザイン教育サービス」ができました。
まずはマインドセットの変革から
― 日本向けにサービスを提供していて、印象的なエピソードがあれば教えて下さい。
日本でエグゼクティブ向けに組織づくりのワークショップを開催した時、驚いた事があります。
日本の経営者や管理職の方々は、、意外と手が動かせない。
― とおっしゃいますと?
同じようなワークショップを現場の新規事業担当の若い方と行うと、さくさく作ったりアイデアを出したりすることができるのですが、経営者の方々に実践していただくと固まってしまうことが多くて。
経営者・管理職の方々の普段の仕事は、下から上がってきた企画を承認したり、指示を出したりと管理する業務に日々徹しているので、自分の脳で考えてみたり、ビジョンを作るという事に意外と慣れていないのだと思います。
ー まだ、プロダクトを考えるであれば想像できそうですが、組織づくりをデザイン思考で考えるとなると頭が追い付かない方も多そうです。どのようにレクチャーされているのでしょうか?
日本の人達って「人事」という言葉を使ってすぐ組織の設計になりがちなんですが、我々は、カルチャー作りの方が重要と考えています。
アメリカではスタートアップ企業をはじめとする企業文化として、トップの仕事は「ビジョンを作って下の人たちに落として自由にやらせること」と考えています。
どこのスタートアップ企業も必ず、バリューステートメントといって、「こういう価値観で仕事をしましょう」とか「こういう雰囲気にしたい」「こういう考え方を評価する」といった思想を持っています。むしろスタートアップ企業は、プロダクトがないのにバリューステートメントから始めるケースが多いです。
どういう雰囲気の会社を作りたいかをまず決めて、その後にどんなプロダクトを作るかが決まる。そこまでいくと自ずと組織みたいなものも分かってくる。ただ、そのプロセスを日本の企業に紹介したところ、経営者の方々が困ってしまって。まず、そのカルチャーの重要性が伝わらなかったり、どう実現化していくか、ロールアップしていくかという方法論もなかなか想像できなかったりすることもありました。
ー そんな時は、経営者の方々にどのようにアプローチしたのでしょうか?
マインドセットの変革をしなければいけないので、まずはサンフランシスコに5日間くらい滞在していただき、フィールドワークや、現地の企業や起業家の方とディスカッションを行い、最終的に自分でアイデアを出してピッチをしてもらうという、スタートアップ企業のような事を敢えてやってもらいます。
最初はアレルギー反応が出るのですが、乗り越えてもらうことが重要だと考えています。それがないと結構厳しい。
というのも、定期的に日本から来た経営者の方々に、セミナーを開催するのですが、セミナーだけではどうしても実感が湧きにくく、「へえ、そうなんだ」「さすがだねー」っで終わっちゃって自分事にならないんですよ。自分事にしてもらう為に、自分からそのアイデアを出したり、プレゼンする経験を積んで貰います。
ー なるほど。まずは根本的な考え方を変えて自分事にするための訓練が必要なのですね。
日本の経営者が理解すべき、デザインの重要性
― 日本でビジネスにデザインを取り入れることが当たり前の状態になるのは、まだ時間がかかりそうです。そんな中、貴社が毎年行われている、経営にデザインを取り入れたビジネス戦略を学ぶカンファレンス『DESIGN for Innovation』は、日本企業にとってデザイン経営を知るきっかけとして重要な場になっていると感じています。日本で行う意義を教えて下さい。
大きく二つあり、まず一つ目は、日本は「デザイン」という概念の理解が浸透していないこと。特にビジネスにおけるデザインの重要性を理解しているケースが少ないのでその点は特に浸透させたいと思っています。
二つ目は、日本のデザイナーは、会社における役割がすごく限定的だと感じていること。経営にデザインを活用しにくい環境ができてしまっているので、それを打破したいと思っています。『DESIGN for Innovation』という場を作れば、弊社の取り組みの紹介や、実際にデザイン性を重視して成功している企業の方のお話を聞くことができるので、オーディエンスで来た方もそこから学べるようになります。
簡単に言うとですね、今この時点で、デザインを経営に活用しないと日本企業はグローバル規模で見た時に沈むだけ。その危険性を感じているからこのカンファレンスを開催しています。それをやらないんだったら終わっちゃう。
ー 耳が痛いお話ですね。日本で経営にデザインを活用するという考え方が、なかなか根付かない理由はなんだと思われますか?
極端な話をすると、企業は業績ばかりを見ていて「営業で業績が上がれば、デザインが悪くても良い」という思考がまだあるからではないかと思います。
日本において、経営者になる方の多くのバックグラウンドは営業系で、営業成績を伸ばして出世した人が多いんです。例えば、そういった経営者の方がもっと会社の業績を上げようと思った時に真っ先に考えることは「営業を頑張る」となるのではないかと思います。例えデザイン性の低い組織や、プロダクトであったとしても、強引に営業して仕事が取れさえすれば、なんとか売上が立ってしまう。
また、そのDNAを継いだ人が、経営者になるケースも多いよう感じていて、どんどん企業全体も営業至上主義になってしまう。なので、デザインは二の次になるし、経営にビジネスを取り入れるという思考になりにくいんだと思います。
ただ、移動できる距離でしか賄えない範囲での営業活動というのは、グローバルで見ると、デジタルでカバーできる範囲の百分の一ぐらいしかカバレッジが効かないんです。そうなると営業にフォーカスするよりも、プロダクトのエクスペリエンスを良くしたり、ユーザーが喜ぶことをやってあげた方が業績が上がりやすい。
今はそれをできる人が、経営者として求められる時代が来ているのかもしれないと感じています。
ー Brandonさんは、経営に求められるのデザインの役割をどうお考えですか?
今は3年5年の早い周期でモノが変わる時代になってきていて、今までの過去のロジックから数字を出してくる経営理論では全然追いつかなくなってきています。私は、デザインを「限られた制限の中で最も効率的に結果を生み出すためのプロセス」だと定義しています。経営においては、未来予測を立て、それを一つの仮説として進めていく事が必要となってきているので、そのプロセスを立てることがデザインの役割だと考えています。
ー ありがとうございました。
「アメリカでは『デザイン思考』はもう当たり前の考え方になっている」と話すBrandonさん。サンフランシスコに拠点を置く企業の多くは、デザイン思考を用い、働きやすい環境やモチベーションの上がるプロセスを提供するなど、従業員の視点に立ち、より良い仕組み作りにも取り組んでいることが分かった。
後編では、btraxの組織作り、働き方、価値観に迫る。
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