かつては首都圏近郊に位置する温泉地として栄えたものの、バブルの崩壊とともに観光客が激減し、ホテルや旅館も相次いで撤退。そんな「衰退した観光地」の代名詞となっていた熱海が、近年、若者を中心に活気を取り戻している。その立役者として注目を集めているのが、株式会社machimoriの代表、市来広一郎氏。「熱海から社会を変える」という志のもと、約10年にわたり民間主導のまちづくりに取り組む彼は、いかにしてまちの人たちの意識を変えたのか。そして、目指す未来の熱海とは。「デザイン」という視点から、詳しい話を伺いました。
まちづくりのスタートは、地元の人たちを変えることから
-まず、市来さんの現在の活動について教えてください。
地元の方や企業さん、不動産オーナーや自治体の方など、あらゆる方々と協働し、熱海のまちなかの再生に取り組んでいます。最初に立ち上げたNPO法人atamistaでは、地域を担う人を育てていく「人づくり」を事業の柱として「オンたま(熱海温泉玉手箱)」などの活動してきました。
一方で、人材育成だけでなく「具体的なまちの課題をどう解決していくか」を考える中で立ち上げたのが、株式会社machimoriです。ここでは、熱海の空き家や空きビル、空き店舗のリノベーションや、不動産の管理・マネジメント、「海辺のあたみマルシェ」といった、熱海のまちや人と接点を持っていただけるような「場づくり」をしています。
-市来さんはもともと東京で会社員として働かれていたそうですが、そこから熱海に戻り、まちづくりに取り組まれるようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか?
今から20年くらい前、僕がまだ高校生ぐらいの頃ですね。バブルの崩壊と共に観光客が減り、たくさんあった大企業の保養所や宿泊施設も閉鎖。人口が減少する一方、空き家はどんどん増え続ける。そんな風に熱海のまちが一気に廃墟のようになっていく姿を目の当たりにして、「なんとかしたい」と考えるようになりました。その後も想いは変わらず、一度は熱海を出たものの、28歳の時にこの地に戻り、今の事業を始めたんです。
-熱海に戻ってから、まず最初に始められた事業は何だったんですか?
熱海体験ツアーの「オンたま(熱海温泉玉手箱)」ですね。今でこそたくさんの観光客の方にもご参加いただいていますが、当初は地元の人向けの体験ツアーとして始めたんです。「熱海には何にもないよ」って言う地元の人たちの意識が変わらないと、熱海のまちも変わらないんじゃないかなって。だから、地元の人もあまり知らないような路地裏を歩いたり、喫茶店に入ったり。多い時で一ヶ月に73個の体験ツアーを開催したこともありますね。当時はそうやってまちのファンになってもらうことで、地元の人たちの意識を変えていく、という活動から始めました。
-いざ、体験ツアーを始めると決めた時、地元の人たちの反応はいかがでしたか?
最初はなかなか共感していただけない部分もありました。やっぱり熱海は観光地ですので、皆さんも「いかに観光客を呼んで来るか」というところへの意識が強くて。実際に上京者向けの体験ツアーをやった時も「地元の人向けにやる意味が分からない」って言われましたね。「なんで観光客じゃなくて地元の人向けにやるんだ」って(笑)。
-そう簡単には進まないと。
はい。ですので、実際にやって見せるということが早いと思って。最初はとにかく小さく始めて体験してもらうことからスタートました。
そうすると、これまで全く知らなかった所や、気になっていたけど入ったことのないお店など、身近な所にたくさんの魅力が眠っていたことに気付いていただけて。もう何十年と熱海に住んでいる方からも「すごく楽しかった」とか「熱海にこんな所があったんですね」と声をかけていただいたり。そうやって、一回二回と続けていくうちに、少しずつ皆さんに受け入れていただけた、という感じですね。
人の意識を変える環境のデザイン
-現在は地元の方をはじめ、不動産オーナーさんや自治体の方々なども巻き込み、様々な事業に取り組んでおられるわけですが、まちづくりをする上で、特に必要なことは何でしょうか?
選ばれるまちにするための「デザイン」をつくることであったり、まちを変えていこうとする「人」や「コミュニティ」の存在ですね。熱海のまちは昭和の面白いデザインが多く、それがまちの個性でもあり魅力だと思っています。流行りに合わせてどこかの真似をするのではなく、その土地の気候や風土に合ったまちの在り方やデザインがある。「熱海らしいデザイン」が出来ていくと嬉しいですね。
一方で、まちを変えていこうとする「人」や「コミュニティ」もそうですが、人の意識を変えていくためには、その環境、いわゆるハードを変えることが必要だと思っています。いきなり「意識を変えよう」と思っても、なかなか変えられるものではない。ですが、その人が置かれている環境が変わることで日々の行動が変わると、自ずと意識も変わってくると思うんです。
-確かに、オフィスがフリーアドレスになるだけで、働き方や仕事に対する意識も変わりますし。
そうですよね。熱海の場合は、昔から良いお店が多い一方、店内の様子が見え難く閉じた印象を受けることが非常に多かったんです。喫茶店とか居酒屋とか。メニューも分からないし、どんな人が居るのかも分からない。以前はそういった雰囲気が好まれたのですが、今となって考えてみれば、それが閉鎖的なコミュニティやコミュニケーションを生んでいるんじゃないかと。
だから、オープンな環境に変えることで交流が生まれやすくしています。「ゲストハウス」という、今までの旅館とは違う形の宿泊形態をつくったのもそうです。施設の中で過ごせないから、みんな自然と外に出て、まちや人と接点を持つ。そんな風に人の行動を変えるための環境をデザインしていくことが重要なんじゃないかな、と思いますね。
-オープンな環境をデザインすることで、新たなイノベーションも生まれそうです。
そうかもしれません。僕たち自身の事業はもちろん、現在サポートしている創業支援なんかもそうですが、ゼロからイチをつくるには、顧客視点で徹底的に考えることが重要だと思っています。ですが、やっぱりまちの中で全く外へ出ずに商売をしていると、どうしても視野が狭くなってしまう。だから、外に出ることや、多様な人に関わっていただくことで、顧客のインサイトに気付けたり、多様な視点を持つことが出来るんだと思いますね。
-実際、市来さんの周りにはいろんなタイプのプレイヤーが集まっていますよね。
これについては、自分たちの組織やまちの課題をオープンにしていく、ということがすごく大事になってくると思いますね。「良い所だから来て!」というよりも、目指すビジョンは示しつつ「こんな課題があるんだけど」ってオープンにしたほうが、ユニークな人たちが来てくれたり。
今、熱海でもいろんな企業さんが「複業」を切り口に人材募集をしているのですが、たくさんの人が殺到しているんです。そんな状況を鑑みても、東京で働く優秀な人材が、熱海の企業が抱える経営課題解決に対し、「お金じゃない価値」を感じて時間を投資しようとしている。これってすごいことだと思うんですよね。
-それは素晴らしいですね! では、市来さんにとって「デザイン」とは何だと思いますか?
「人に行動を促すもの」なんでしょうね。その商品を使いたいと思わせたり、実際に手に取ってもらったり。空間であれば自然とそこへ向かってしまったり。もとは関心がなかったものに手を伸ばす、ということも含め、人に行動を促したり、アクションをとってもらうために必要なもの、という感じがします。
熱海から社会を変えていく
-「熱海の中心部を再生する」という活動において、今後はどんな展開を考えておられますか?
宿泊体験という点では、現在運営しているゲストハウスをハブに、周辺の空き家などを活用しながら「離れ」みたいなものをたくさん作りたいと考えています。まちなかに分散した宿。「まちやど」とも言いますが、まち全体が宿みたいな。従来、大型の旅館やホテルは施設内に人を囲い込む形でなかなか外に出さない。それはそれで良いのですが、そうじゃない方法もやっていきたいんです。人口の少ない熱海では、旅行者の方に、いかにまちに出てもらうかがとても重要で。そういった意味で、みんながまちに出ていくようなカタチの宿を作り、旅行者を増やしていきたいですね。
ー「まち全体が宿」というのはとても面白そうですね!
その他で言うと、「熱海銀座公園化計画」というのが、今一番妄想していることですね(笑)。
熱海銀座商店街を、道路じゃなくて公園にしたいんです。リゾート地熱海として、もっと訪れる人に安らいでいただける環境にしたい。静かで歩きやすくて居心地が良い。道には人が溢れていて、コミュニケーションが生まれたり、アクティビティが体験できたりとか。さらに言うと、「2030年に熱海を独立させたい」とも言っていて(笑)。
-熱海独立ですか!?(笑)
はい。決して冗談ではなく、熱海のまちを、経済的に自立した持続可能な地域にしていきたいんです。例え国が危機的状況を迎えようとも生き残っていける地域でありたいですし、そんな地域が各地にいっぱい出来てきたら面白いですよね。近年、都市の重要性が叫ばれてはいるものの、未だあらゆるものが国の制度です。そんな風に、まだまだ自由じゃないことを考えると、本当の意味での地方自治って、要は自分たちの暮らしや街のことは自分たちで決められるようになっていくことかな、とも思うんです。
-なるほど。まちだけでなく社会を変えるような。
そうですね。僕たちは「熱海をなんとかしたい」という想いでまちづくりに取り組むと同時に、熱海を使ってもっと社会にインパクトを与えられないか、社会を変えられないか、とも考えています。
首都圏からも近く、恵まれた環境があり、そして多様な人たちが自由な生き方をしている。かつてこのまちに触れて、キャリアを変えたり、起業をしたり、住む場所や生活を変えた人がたくさんいたように、もっと豊かで自由に生きていくための、きっかけを掴んでもらえる場所になれば嬉しいですね。そして、熱海に限らず、そんなまちがもっと広がっていけば良いなって思います。
-ありがとうございました。
故郷である熱海に戻ったのが2007年。以来、約10年間に渡りゼロから熱海のまちづくりに取り組んできた市来氏。「2030年、僕が51歳を迎える頃が一つの区切り。それまでは、地域全体、ひいては社会全体がプラスになるようなことに、ずっと挑み続けていると思います。まだまだ実現したいことは山ほどあるので(笑)。」
人を動かす環境をデザインし、あらゆるプレイヤーと共に熱海のまちに新たな価値を創造し続ける。課題先進都市とも言われる熱海の復活は、国内でもあらゆる地域のモデルケースとなるだろう。そして、市来氏がいる限り、今後も熱海ではますます面白いことが起こりそうだ。
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