【インタビュー】日本の伝統を次世代につなぐ。「和えるらしさ」を育む、経営とデザイン。

日本各地の職人さんと共に、「日本の伝統を次世代につなぎたい」という想いを形にし、様々な新しい事業を生み出してきた株式会社和える。そんな和えるが手掛ける事業の一つ“aeru room”では、長崎・姫路につづき、奈良のホテル内に新しいお部屋をオープンした。「伝える」ということにこだわりを持ち、真摯に向き合う同社は、デザイン経営をどう捉えているのか。奈良 “aeru room”誕生にフォーカスし、同事業を担当する田房氏にお話を伺った。



日本の伝統に出逢う場所、“aeru room”


- まずは、貴社の事業内容について教えてください。


株式会社和えるは、「日本の伝統を次世代につなぎたい」という想いから生まれた会社です。東京と京都を拠点に、日本の伝統や先人の智慧(ちえ)を次世代につなぐため、全国各地の職人さんと共に様々な事業を展開しています。 今年で8年目を迎えるのですが、一番最初に始まったのが“0から6歳の伝統ブランド aeru”です。全国各地の職人さんと、赤ちゃんや子どもの頃からずっと使えるようなオリジナルの日用品をお届けすることで、幼少期から日本の伝統に出逢うことができる環境を生み出していく取り組みです。オンライン直営店と、東京・京都の直営店を運営しています。


- 子ども向けの伝統産業品、初めて聞いた時は驚きました。この事業が始まったのは、何かきっかけがあったんですか?

和えるは、代表の矢島が大学在学中に立ち上げた会社です。ジャーナリストを目指していた彼女は、日本全国の職人さんを取材して回っていました。そこで、日本の伝統や先人の智慧の魅力に魅せられた一方、職人さんたちが置かれた厳しい状況や、次世代に伝わらないまま失われつつある伝統産業の課題に直面しました。

その本質的な原因は、子どもの頃に日本の伝統に出逢うきっかけがないからではないか、という考えから、「モノを通して子どもたちに日本の伝統を伝える」ことを目指して“0から6歳の伝統ブランド aeru”が生まれました。幼少期に魅力を体感してきたものは、大人になった時に自然と選択肢に入ってくるのではないでしょうか。ですので、子どもたちには、aeruの日用品を暮らしの中で自然に使い、和紙の手触りや漆器の口あたりなど、日本の伝統を体感していただけたらと思っています。また、東京・京都の直営店では、モノを売るだけではなく、日本の伝統を伝える場所として、イベントの企画運営も行っています。


-なるほど。では、田房さまが担当されている“aeru room”の事業が生まれた理由も、「日本の伝統を体感してほしい」という想いからだったのでしょうか?

そうですね。もともと「和える」が生まれた当初から、“aeru room”事業の構想はあったそうです。ホテルのオーナー様からご依頼を受けて、職人さんの技術を活かした特別な一室を作っています。 私たちはよく、各地の職人さんを訪ねて出張します。

各地のホテルに泊まる機会も多い中で実感するのは、外の世界はすごくその土地らしさを感じられる場所でも、ホテルに着いてお部屋に入った途端、どこへ来たのか分からない程、内装が似ている場合が多いということです。ホテルのお部屋を、地域の魅力を伝えるための発信拠点にできたらという想いから、空間を通して日本の伝統を伝える“aeru room”事業が生まれました。

また、それまで「子どもたち」に日本の伝統を伝えてきた中で、大人の方からも「職人さんの手仕事がある、aeruの直営店の空間にいると心が落ち着く」といったお声をいただくことも増えました。 そのようなタイミングで、地域の魅力を発信したいという想いをお持ちのホテルのオーナー様と出会い、“aeru room”事業が形になったのです。 


- だから“aeru room”のコンセプトは「日本の伝統に出逢う旅を」なんですね。これまで長崎、姫路と展開されて、今回の奈良は3つ目ですよね。各地でコンセプトが異なると伺ったのですが、それぞれのお部屋について教えていただけますか?  


“aeru room”第一話は「長崎の伝統と魅力を体感できるお部屋」。長崎は、古くから日本の貿易の玄関口として栄えた街です。江戸や明治の頃の日本にタイムスリップするような旅を楽しんでいただけるよう、南蛮屏風や吹きガラスのコップ、木版手刷りの唐紙(からかみ)の天井などを設えました。  

姫路の“aeru room”第二話は、「明珍火箸 瞑想の間」。姫路の伝統産業品である明珍火箸の澄んだ音色を聞きながら、自分自身を見つめ直す時間、ご夫婦やお友達とゆっくり語り合う時間を過ごしていただければと思います。漆塗りの天井や畳、すだれなど、職人の手仕事に囲まれた空間です。

そして、今回の奈良は第三話。「“お庭に泊まる”大和の心を感じるお部屋」がコンセプトです。


私たちは、“aeru room”を作る時、その地域のことを調べるところから始めます。伝統産業はもちろん、歴史や文化、気候風土など。今回、奈良のことを調べていくと、「大和」というキーワードにたどり着きました。奈良に都があった頃、日本は「大和」と呼ばれ、聖徳太子が和の精神を唱えていました。 奈良の街を歩いていると、なんだか平和な空気を感じます。不思議と、穏やかで落ち着いた気持ちになる気がするのです。奈良の歴史を紐解いていった時、この奈良の街に流れる穏やかな空気は、1300年以上前から脈々と受け継がれてきた「大和の心」なのではないかと思い至って腑に落ちました。

ホテルの目の前の猿沢池周辺では、鹿が道を普通に歩いていて、人の暮らしと自然の間に境界がないことが、平和な空気を象徴しています。この奈良の街の空気感を“aeru room”の中でも感じられたらという想いで、“aeru room”の中の空間と外の自然がつながっているような、連続性のある空間を目指しました。“aeru room”で過ごしていただく時間が、奈良の街に流れる「大和の心」を体感できる、心落ち着くひとときになればと思います。

- 実際に、このお部屋も職人さんと一緒に?


そうですね。庭師さんに石を積んでいただき、壁は左官職人さんに塗っていただきました。この石は奈良県の十津川石を、天井には、樹齢百年程の吉野杉の杉皮を使わせていただいています。長い年月の間、樹木を守り育んできた皮の部分は耐久性が高く、昔から建築の屋根などに使われてきたそうです。工房や職人さんのもとに足を運ぶことも大切にしており、今回も吉野の山をはじめ様々な場所を訪ねました。朝、目が覚めた時、パッと目に入った天井を見て、「そうだ、奈良に来ているんだった!」と感じていただけたら嬉しいですね。 


一人ひとりが「和えるらしさ」を考え、「和えるくん」を育んでいく


- “aeru room”のお話を聞いて、空間や体験のデザインという点も強く意識されているように感じました。近年「デザイン経営」という言葉が注目されていますが、どのような印象をお持ちですか?


「デザイン経営」の大切な要素として、「社内にデザインの責任者を置きましょう」ということがよく言われているようですが、責任者以外の社員一人ひとりのことにはあまり言及されていないのかな、という印象を受けています。

というのも、実際に私たちはどうなのかなと振り返ってみた時に、和えるでは、「社員一人ひとりがデザイナー」という考え方をしているように感じます。デザインの責任者、という意味では代表がその役割を担っているのですが、一人ひとりが「和えるらしさ」やそれを表現し伝えるための広い意味での「デザイン」に対して、高い関心を持っているような感覚があるのです。 


- 一人ひとりが「和えるらしさ」を考えながら働いているってすごく素敵ですね。何か特別な取り組みをされているんですか?


特別な取り組みといったものはなく、日常的に考えているような気がするんです。例えばコップ一つを置くにしても「どんな置き方をするのが和えるらしいかな?」とか。SNSで発信する時も「どちらの言葉の方が和えるらしいか」といったスタッフ同士のやりとりは、本当に毎日のように見かける日常の光景です。

ブランドらしさや会社らしさって言語化しづらいですし、あらゆる場面で「らしさ」が現れるものだと思うのです。日々の服装やSNS発信の言葉選び、写真の撮り方、資料の綴じ方、職人さんへの何気ない一言……。だからこそ、全てをルール化して社内で共有していくことが難しいのかな、と感じています。だから和えるでは、その言語化しづらく網羅できないたくさんのことを、日々のやり取りの積み重ねで少しずつ形作って共有し、和えるらしさとして社員一人ひとりが身につけていっているのかもしれません。 


- なるほど。「和える」という会社をみんなで育んでいるような感覚ですね。


そうなのです。私たちは、会社のことを「和えるくん」と呼んでいます。
会社は子どもで経営は子育て。代表がお母さんで、私たちはお兄さん・お姉さんとして、2011年に生まれた7歳の「和えるくん」を一緒に育んでいる、そんな感覚です。「和えるくんはどんな顔で、どんな性格で、どんな言葉遣いをするだろう?」日々そんな風に考えて仕事をしていると、会社らしさやブランド、デザインというものが、無機質ではなくすごく血の通ったものに感じられます。デザインルールのようなものを決めるだけでも、デザインの責任者に全てを委ねるわけでもない。「日本の伝統を伝えるために生まれてきた和えるくんが、和えるくんらしく健やかに成長するには?」を一人ひとりが考えています。


- 誰かが責任を担うより、一人ひとりが自ら考えて動ける文化があると、新たな視点も生まれそうです。


これは少し前の話なのですが。以前から和えるでは、何かを郵送する時に茶封筒を使っていたのです。それをある日突然、スタッフの一人が「なんだか生成り色のほうが、和えるらしくないですか?」と社内に投げかけたことがありました。それに対してデザインの責任者である代表もみんなも「そうだね」と賛成して、場面に応じて生成りの封筒を使うようになりました。やはりデザイン責任者が一人で全てを決めていく形だと、これはなかなか行き届かない部分ではないかと思います。現場の一人ひとりが「デザイナー」としての意識を持つことで、指先まで神経の通った「和えるくん」に育んでいくことができるのではないかな、と感じますね。



小売業ではなくジャーナリズム業。「伝える」ために必要なことを探し続ける姿勢


- 今後、和えるはどんな未来を描いているのでしょうか?


“aeru room”のお話をすると、今は長崎、姫路、そして今回の奈良のお部屋で3つ目ですが、将来的には47都道府県に少なくとも1つずつ“aeru room”を作れたらいいな、と考えています。各地の職人さんや地域の方と一緒に、日本や地域の魅力を伝えるお部屋を作りたいですね。会社としては、和えるくんが二十歳になる頃。創業20年を迎えるのが2031年なのですが。その頃までに、10以上の事業を立ち上げていくことを計画しています。

- 10以上ですか!すごいたくさん!


数にこだわりがあるわけではなくて、日本の伝統を次世代につないでいくために必要な取り組み、必要な事業を考え続けているんです。今は7つの事業が立ち上がっていて、残りの事業は少しずつ種まきをしている状態ですね。 最初にお話したように、和えるは小売業ではなくジャーナリズム業。「伝える」ために、プロダクトや空間をデザインしたり、講演に行かせていただいたりもします。「学び×伝統」ということで、保育園や幼稚園、百貨店といった所へお伺いして、ワークショップを開催する“aeru school”事業も。日本の伝統を「伝える」ための仕組みを、一つずつ創っています。


- 小売業ではなくジャーナリズム業。次々と新しい市場を生み出す背景には、そんな思想があるんですね。「和えるくん」の将来も楽しみです。

そうですね!職人さんにとっても、お客様にとっても、社会にとっても、すごく必要とされる存在になっていたら嬉しいですね。それは「三方良し」が成り立たなければ実現出来ないことだと思うので。

- 最後に、田房さんご自身の未来像を教えてください。

仕事かプライベートかということは関係なく、職人さんの手仕事を通して地域の魅力を伝えていきたいと思っています。これからも、私自身が楽しみながらたくさんの地域の魅力に出逢い、伝えていくことができたらと思います。必ずしも遠出しなくても良いと思うのです。身近な場所......例えば京都直営店「aeru gojo」の周辺で、「この通りの歴史を教えてください」と地域の方にお話を伺い、教わった内容をお客様にお話することもあります。先ほど47都道府県のお話をしたのですが、もっと地域ごとに掘り下げたいですし、いわゆる観光地ではないところや外国の文化との出逢いも、これから増えていったらいいなと思いますね。 


-ありがとうございました。




取材に伺ったのは、奈良 “aeru room”が入るホテル「セトレならまち」のプレオープン日。外は雨模様でしたが、「今日のことを『和えるらしく』記事に書くなら、『あいにくの雨』という表現は選びません。例えば『ひと際冷える朝、これで紅葉も見ごろを迎えるかもしれません』とか。」と笑顔で話す田房さん。いつも前向きなのが「和えるくん」で、記事を読んだ方には明るい気持ちになっていただきたいし、雨を嬉しいと感じる職人さんもいるから、と言う。職人さんやお客様、関わる全ての人を想いやる。そして、「伝える」ために一人ひとりが和えるらしさを考え、「和えるくん」を育む姿は、まさに経営をデザインしている、と言えるのではないだろうか。 



【“aeru room” 第三話 奈良】

今回、取材をさせていただいた 奈良 “aeru room”は、2018年12月5日にグランドオープンしたホテル「セトレならまち」内にて誕生。「”お庭に泊まる”大和の心を感じるお部屋」をコンセプトにした、古の都・奈良でしか出逢うことのない伝統を、是非体感してみてください。 


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