2017年4月に創業した、森永製菓のコーポレートベンチャーである株式会社SEE THE SUN。近年、グルテンフリーやベジタリアン、ヴィーガンといった、食の多様性が広がる中、「テーブルを創るすべての人を幸せにしたい」という想いで、料理人や地域の生産者等、あらゆるプレーヤーを巻き込み、急成長を遂げている。そんな同社が「食」を通して解決したい課題とは何か、そしてどんな未来を描いているのか。デザイン経営という視点から、代表の金丸氏に詳しい話を伺った。
葉山から発信する、多様性を楽しむ未来の食卓
-今回は貴社のオフィスにお邪魔しているのですが、神奈川県三浦郡葉山町、海や山も近くて素敵なところですね!
ありがとうございます! 自然豊かな葉山は、財界人や文化人の別荘があり、文化と歴史が根付いた町としても知られています。ここで生活されている方は、周囲の人を尊重しつつも、「自分の好きなこと」をされている方が多いと感じているんです。そんな環境が弊社のブランドメッセージを発信していく場所としてぴったりだと思って選びました。オフィスは古民家をリノベーションしているのですが、地域での交流やコミュニケーションの場としても活用しています。
-なるほど。そんなオフィスで現在取り組んでおられる、貴社の事業について教えていただけますか?
「テーブルを創るすべての人を幸せに」というミッションのもと、各地の生産者さんや企業さんとタッグを組んで、商品やサービスの研究、企画、販売を行っています。代表的なものとして、大豆と玄米からできた、まるでお肉のような食感と食べごたえの「ZEN MEAT」をはじめ、グルテンフリーの玄米クッキー「BROWN RICE COOKIE」、発酵した豆乳からできた「SOY CHEESE」などの商品があります。
こんな風にお話をすると、ベジタリアンやヴィーガンといった、特定の人に向けた代替食品を販売しているように聞こえるかもしれません。ですが、本来の目的は「誰もが一緒に食べられるものをつくること」にあるんです。
-お肉などが食べられない人に向けた代替食品、という立ち位置ではないんですね。
はい。現在、食の領域は、ヴィーガン、オーガニック、グルテンフリー、マクロビ......と、とにかく様々な考え方が広がっています。その上、流行のサイクルも早い。「あれはダメ」「これは使っちゃいけない」ってどんどん突き詰めていく程、「本来あるべき心の健康を失ってしまっているのでは?」と疑問に思ったんです。
だから、たくさんある考えの一つひとつに対応するというよりも、その多様性自体を楽しむブランドにしたい。そんな想いから、特定の人に向けた代替食品ではなく、誰もが生活の中で自然に取り入れられるような、一つの選択肢として提供したいと考えました。「今日は豚肉、明日は牛肉、明後日はZEN MEAT」みたいな(笑)
なので、ヴィーガンやベジタリアンといった方々はもちろんですが、「そうでない方に如何に取り入れていただくか」というところも強く意識して商品づくりをしています。
-そんな想いがあったんですね。金丸さんはもともと、森永製菓で新規事業を担当していたと伺いました。そこからブランドの立ち上げを決意されたのは、何かきっかけがあったんですか?
当時、スタートアップ企業を支援するプログラムの中で、学童保育向けにおやつを販売する会社を支援していました。その中で「アレルギーのある子もそうでない子も一緒に食べられるもの」の必要性を感じていたんです。
一方で、アレルギー対応以外にも、健康・美容・スポーツ・宗教など、食にまつわる様々なシーンで、「〇〇な人」「〇〇じゃない人」という線引きがされている現状に気付きました。さらに、その裏側には、対応に追われ疲弊している生産者や加工業者の姿があり、もっと食品業界全体の本質的な課題を解決する必要があると感じたんです。
そんな「食卓」を取り巻く表と裏、二つの側面の課題を解決したいという想いが、ブランド立ち上げのベースにありますね。
企業姿勢を貫くことが、おのずとデザイン経営に
-先月(2018年11月)新アイテムの追加と合わせて、レトルトタイプの商品のパッケージデザインを大きく変更されたと伺いました。その理由は何でしょうか?
以前は「生活に溶け込むデザイン」をコンセプトに、必要最低限の情報だけを伝える形で、極力シンプルなデザインにしていたんです。でも、即食系商品の特性上、一見して中身が伝わりにくいということには、以前から問題意識がありました。そこで、弊社のミッションやビジョンを鑑みても、「もっと『おいしさ』や『食卓を楽しむシーン』が伝わるデザインにしたいね」ということで、今回のリデザインに踏み切りました。
-ミッションやビジョンを体現するためのリデザイン、とも言えますね。
そうですね。一見よくあるパッケージに見えるかもしれませんが、全体から「食卓の雰囲気」が伝わるデザインにしているんです。例えば、商品の奥に置いてあるものだったり、一緒に食べている人が想像できたり。
今回、新商品を含め、計4品発表させていただいたのですが、実はこれ、それぞれにテーマがあるんです。一番左の「欧風カレー」では、休日に、夫婦でお庭に出てゆっくり食事を楽しむ様子。隣の「キーマカレー」では、早起きした朝に、ピリッと効いたスパイスの刺激でおいしく目を覚ます様子、と言ったように。いろんな食卓のワンシーンを切り取って、弊社のミッションやビジョンを体現しつつ、お客様にも受け入れていただけるデザインを目指したパッケージです。
-ここ最近、「経営にデザインを」という考え方が叫ばれていますが、金丸さんはどう思われますか?
古くから同じやり方で経営している企業にとっては、変わるきっかけになるのかもしれないですね。とはいえ、デザイン経営を「会社が行き詰まった時に取り入れるノウハウ」のように捉えるのは違うと思っています。
私は、企業の存在意義って「課題を解決することで、社会が良くなり、人がハッピーになること」だと考えています。だから、デザイン経営を実践するにしても、窮地を脱するためではなく、「何がしたいのか、そしてどんな方法でするのか」その根底の部分が大事だと思うんです。
-たしかにそうですね。貴社の場合はどのように考えておられるんですか?
特に私たちのような新しい事業は、既存のマーケットや分析するデータが限られています。なので、ゼロからイチをつくるには、バックキャスティング思考というか、未来の目標やミッションを決めて、そこに向かってパワフルに動くことで実現していく必要があると考えています。
人間中心で考える、全体を俯瞰して見る、事業の構想段階からデザインの視点を取り入れる......。私自身、デザイン経営に当てはまる、共感すると感じる部分はありますが、意識して実践しているわけではないですし、あえてそれを公言する必要もないと思っています。
企業姿勢としては、今後も社会課題起点で、描く未来の目標に向かって解決の仕組みを考えていく。今、自分がやるべきことをやろうと思っていますし、その結果がおのずとデザイン経営になるのかもしれません。
-貴社にもデザイナーさんがいらっしゃると思うのですが、どのような関係性でお仕事をされているんですか?
創業当初から、モノづくりや装飾的な意味の「デザイン」だけでなく、「こんな案件があるんだけどどうしましょう?」といった具合に、事業の構想段階から一緒に考えてもらっています。その本質は、デザイン自体を作成していただきたいというよりも、思考が固まらないように、別の視点から見られる方や別の業界にいる方、そういった方々から意見をいただくのが好きだから、とうのもありますね(笑)
デザイン経営だからといって、じゃあ誰でも良いからデザイナーさんを雇えば良いかっていうと、そうじゃないと思うんです。デザイナーさんにも得手不得手はあると思うし、モノをつくるのも「デザイン」だけど、営業や販売にも「デザイン」がありますし。会社を経営していく上で重要なのは、デザイナーさんを雇うかどうか、ではなく、チームとしてのバランスだと思っています。
食卓を創る、あらゆるプレーヤーと共創する
-金丸さんは、事業の未来をどう描いておられるのでしょうか?
誰もが同じテーブルで、一緒においしく楽しく食べられる食文化を創っていきたいと考えています。食に対するニーズが多様化する中、きめ細かな配慮をしつつも、「おいしさ」には何よりもこだわって提供していきたい。おいしいから取り入れるし食べたくなりますよね。「おいしい」をきっかけに、新たなコミュニケーションが生まれ、変化や多様性を受け入れ、楽しく暮らせる文化を創っていきたい、という想いがありますね。
-なるほど。一方で、「食」を取り巻く業界全体については、どのように考えておられますか?
現状、フードロスや動物性たんぱくの不足、環境汚染など様々な社会課題が山積していて、それを一企業だけで解決するには限界がきていると思うんです。だから、同じビジョンを持つ様々な仲間と共に、社会課題解決型のコミュニティを創ることで、解決していきたいと考えています。
人が集まると情報が集まる。情報が集まると本質的な課題が見える。食卓は、生産者、食品メーカー、加工業者、流通業者、飲食店といった食品業界の各プレーヤーのほか、その魅力を伝えるメディアの方や文化人、地域の方、自治体や大学まで、多用な生活者たちによって創られています。だから、そういった方々と共創し、食の価値を改めて社会へ伝えることで「テーブルを創るすべての人を幸せに」していきたいですね。
-「共創する」という点で言えば、最近は「食」という領域に関心をお持ちの企業さんも多いですよね。
そうなんです。異なる分野から新規参入される企業さんも多く、私たちにはないノウハウやリソースをお持ちなので、非常に嬉しいですね。このような現状は、ミクロな視点で捉えると「競合企業の増加」と言えるのかもしれませんが、私たちは、同じ「食」という領域の課題解決に臨む「仲間が増えること」だと考えているんです。
SEE THE SUNと生産者さんや飲食店さん、そして新規参入企業さん、それぞれが考える課題やリソースを共有し、掛け合わせることで、新たな価値創出につなげたい。個人間でモノやコト、リソースなどを共有する「シェアリング」が広がったように、ビジネスにおいても「シェアリング」の考え方が広がれば良いなって思いますね。
-ビジネスにおける「シェアリング」。たしかにそうですね!
各々が自前主義で目の前の課題を解決するだけでなく、その企業が潜在的に持っている価値を活かしつつ、一緒に食品業界全体をデザインするようなアプローチをしていきたい。そんな風に、一人ひとり、もしくは企業単位で対峙するのが難しい課題に対して「一緒にやっていきませんか?」って声かけをする役割が出来ればと思っています。
-なるほど。それが先ほどお話されていた「共創する」ということにつながるんですね。ありがとうございました。
事業の構想段階から、デザイナーのみならず、生産者、メーカー、飲食店、あらゆる人と共創し、会社だけでなく、食を取り巻くコミュニティ全体をデザインしていく。並々ならぬ熱量で、今やるべきことに全力で突き進む株式会社SEE THE SUNは、今後どんな未来を描いていくのか。その動向に注目したい。
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