森美術館やアカデミーヒルズといった文化施設を運営し、芸術や文化を身近に感じられる環境を提供し続ける森ビル株式会社。チームラボと共同で手掛けた「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」は、2018年6月のオープンからわずか5ヶ月で来場者数100万人を突破し、今なお注目を集めている。
不動産デベロッパーである同社は、なぜアーティスト集団であるチームラボと手を組んだのか。また、同社が描く街の未来とは。MORI Building DIGITAL ART MUSEUM 企画運営室 室長の杉山央さんに、デザイン経営という視点から詳しい話を伺った。
柔軟かつスピーディに創る、「ここに来ないと体験できない価値」
- 昨年6月にオープンされた「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless(以下、チームラボ ボーダレス)」は大盛況ですね! どんな施設なんですか?
森ビルとチームラボが共同で企画・運営する、世界でも類を見ない巨大なデジタルアートミュージアムです。10,000㎡の巨大な空間の中に、5つの世界で構成された約60作品を展示しています。"Borderless”というコンセプトの通り、従来のミュージアムのような作品間、または作品と鑑賞者との境界線がなく、お客様は身体的に作品の中に没入し、自分で道を探しながら空間を進むことができる仕掛けになっています。
- 私も一度体験させていただいたのですが、一方的に鑑賞するというよりも、その場で周囲の人と一緒に作品を創り出しているような不思議な感覚になりました。ここでしか体験できないことと言いますか......。
当初から「ここに来ないと体験できない価値を、どうやってお客様に提供するか」を大きなテーマにしていたんです。今はすごく便利な世の中であるがゆえに、「平面的なコンテンツ」はその場に行かなくてもスマートフォンなどで体験できてしまう。また、映画や音楽のように「シークエンスが決まっているメディア」も、誰もが必ず同じストーリーを体験できますよね。いずれも現代技術におけるメリットですが、今回僕らはあえて「ここに来ないと体験できない価値」や、リアルタイムに変化する「その時しか体験できない価値」の提供を目指しました。
とは言え、当初からここまでアウトプットの方向性が明確だったわけではないんです。
- え! そうなんですか?
強いて言えば、大きなテーマとして掲げていた「ここに来ないと体験できない価値」を突き詰めた結果と言えるのかもしれません。細かな部分は森ビルとチームラボが、互いの経験や目指す方向性を日々議論しつつ試行錯誤を繰り返す中で明確になってきた、そんな感覚ですね。
ただ、そんな状況であったにも関わらず、今こうしてたくさんのお客様からご支持をいただけているのは、チームラボはもちろん、森ビルが持っている新しいことに挑戦することのできる企業文化や、それに対応するための組織の在り方があってこそ実現することができたと思っていて。
- と、言いますと?
当初、どんな施設になるのか僕自身の頭の中にもないような状況の中で、会社からこのプロジェクトを新規事業としてチャレンジさせてもらえたことは非常に良かったと感じています。経営陣との距離も近く、事業の早い段階で相談し、判断をしてもらうことができた。いずれも芸術や文化、街のことを真剣に考えている会社だからこそ実現したことだと思っています。
- 経営陣との距離感であったり、いわゆるバックキャスティング思考でスピーディに試行錯誤を繰り返して事業を進めておられる点など、今回のテーマである「デザイン経営」とも言えそうです。杉山さんは「経営にデザインを」という考え方にはどのような印象をお持ちですか?
僕はデザインって「課題解決」だと思うんです。それって一度の思いつきやアイデアで答えが出るものではなく、その考えを試行錯誤している過程が重要な気がしていて。だから変化の早い現代において、企業経営にデザイン思考を取り入れることで、柔軟かつスピーディに対応していくことは必要だと思いますね。
ビジネスとデザイン、いずれの視点も取り入れた組織体制
- 先ほど組織というお話が出ましたが、そもそも森ビルとチームラボによる「共同事業」という点に驚かれた方も多いと思います。この構想はいつからあったのでしょうか?
プロジェクト自体は3年前の2015年にスタートしたのですが、チームラボとはそれ以前から親交がありました。実は僕自身、学生の頃からアーティストとしてメディアアートを作ったり、街を舞台にしたイベントの企画などをしていたんです。森ビルに入社する前なので、今から18年くらい前ですね。
その活動やアートイベントなどで、まだチームラボになる前のメンバーと一緒になることも多く、当時から僕の中では「いつか彼らと一緒に大きな仕事がしたい」という想いがありました。実際に僕が森ビルに入社してからは、六本木アートナイトや森美術館の展覧会に参加してもらったりと、常に接点を持っていましたね。
- なるほど。その後、2015年に「チームラボ ボーダレス」の構想を始められるわけですが、何かきっかけがあったのでしょうか?
双方の想いが合致したことでしょうか。森ビルでは「都市の魅力を高めるために、芸術や文化の力が不可欠だ」という想いがあり、2020年の東京オリンピックに向けて、東京に世界中の人々を惹きつけるような文化施設を作りたいと考えていました。一方のチームラボでは、世界で活躍しながらも未だ東京に拠点がなく、本拠地を作りたいという想いがあったようで。双方の条件が合致して、共同事業をスタートすることになりました。
- 文化施設の運営を、いわゆるアーティスト側と共同で進めておられるケースは非常に珍しいように思います。
そうですね。従来、美術館や展覧会を作る時は、主催者側と作家さん側では立場が違うので、完全に役割分担をして進めていくことがほとんどです。なので、今回のように不動産デベロッパーである森ビルとアーティストであるチームラボが一つの法人を作り、企画から運営まで全て同じ方向を向いて一つのものを作り出すことは、すごく新しいチャレンジでした。考え方も全く違うので、もちろん衝突する場面もあったんですけどね(笑)。
- チャレンジングであるがゆえに、そう簡単には進まないと。
はい。「良いものを創りたい」という想いは同じである一方、アーティストの視点から作品を追求するチームラボと、お客様の視点から安全性や分かりやすさを考える森ビルとでは、意見が一致しないこともありましたね。例えば今回の施設では、安全性などを担保しつつ、暗くて迷路のようなでこぼこした面白い床になっていて。これがアーティスト側に寄りすぎてしまうと、不便でとっつき難い施設になってしまいますし、ビジネス側に寄りすぎてしまっても、新しさや面白味が全くない施設になってしまう。双方その駆け引きや、やり取りに難しさを感じることはありましたが、結果的に良いコミュニケーションができ、非常にバランスの取れた空間をデザインすることができたと感じています。
- 共同事業にすることで、ビジネスとデザイン、いずれの視点も一貫してバランス良く取り入れることができたんですね。
少しビジネス的なお話をすると、事業の成功やコスト感覚などにおいても「何を優先するか」という点で全て同じ方向を向けたことも大きいと感じています。これもビジネスとデザイン、双方で考える視点が異なる場合、衝突して終わってしまうと思うんですよね。だから、ビジネスとデザインの視点をバランス良く取り入れたことで新たな価値創出に繋がったという点で、組織の作り方なんかはまさにデザイン経営と言えるのかもしれません。
自らコンテンツを作ることで、新たな街の個性を生み出す
- 今回のプロジェクトは「不動産業界を変革するチャレンジでもある」と拝見したのですが、これはどういう意味でしょうか?
現在、東京では各地で再開発が進められているのですが、同じようなテナントを集めたビルが建ち並ぶなど、次第に街ごとの差別化が難しくなってきていると感じています。ですが時代性から、どこもマーケットの需要や人々のニーズは似通ってきますし、従来の大家とテナントの関係性で街を作っていては解決が難しい。だから今後は、大家である不動産デベロッパー自らがコンテンツを作り出すことで、新たな街の個性を生み出していく必要があると考えているんです。
- 業界の課題を解決するためにも、不動産デベロッパーは従来のように土地を貸すだけではなく、コンテンツを生み出していく必要があると。
森ビルでは、あらゆる人を惹きつける都市の力のことを「磁力」と呼んでいるのですが、都市の磁力を作り出すためには、自分たちで新しいものを生み出すことが必要だと考えています。弊社が大事にする芸術や文化といった要素を取り入れつつ、世界中の人々を惹きつけるようなものを作り出す。今回の事業もその一環で、チームラボという外部のパートナーと手を組んで新たなコンテンツを作ることが、東京の磁力を上げることに繋がると思って始めたことですね。
- 「磁力」というのは素敵な表現ですね。今後はどのような展望を描いておられますか?
先にお話したように、デザインは課題解決することです。だから一つ実行しても、すぐにまた次の課題が見えてくる。今回、この施設を作ったことで見えてきたのは「箱の中だけで完結させてはいけない」ということ。その空間に入ったらアートの世界に囲まれて、これまで見たことのないような景色が広がる。他者でさえもその作品の一部になるので、人と人とが互いに影響を受け合い、時に混ざり合い変化していく。この施設の「Borderless」というコンセプトには、まだまだ可能性があると思うんです。
もしこれが美術館という箱の中を飛び出して、街全体に芸術や文化が溢れたデジタルアートミュージアムのような姿になったらもっと面白くなるんじゃないかな、とか。そんな風に、今後も時代を切り拓いていく様々なアーティストや研究者の方々と共に、新しい街を創っていくことができたら幸せですね。
- ありがとうございました。
チームラボと手を組むことで、ビジネスとデザイン、いずれの視点もバランスよく取り入れて新たな価値を創り出した森ビル。その背景には、都市開発における課題解決への挑戦や、未来の街づくりを見据えた壮大なビジョンがあった。
「アートや文化の領域ってビジネスにするのがすごく難しい。それでも僕は、より多くの人から評価されるようになればそれも可能だと思う。今後も人々に喜んでもらえつつ、アートや文化としても価値のあるものを追求していきたい。」と話す杉山氏。世界の人々を惹きつける磁力ある都市を実現するために、芸術と文化を取り入れた新たな挑戦を続ける森ビルの今後に注目したい。
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