【インタビュー】ビールで新たな文化をつくる。SVBがデザインする、多様な選択肢と豊かなコミュニティ

従来、日本のビール市場は、大手メーカーの工場で大量生産されるピルスナービールがその大半を占めると言われていた。そんな中、「次世代に向けた新たなビール文化の創造」を目指し、キリンビールの社内ベンチャーとして誕生した、スプリングバレーブルワリー株式会社(以下SVB)。

大手ビールメーカーの「クラフトビール参入」は瞬く間に話題となり、2019年現在もクラフトビールの製造・販売や、醸造所併設店舗の運営などを通して着実にファンを増やしている同社。その背景には、デザインへの強いこだわりと、創業当初から二人三脚で走り続けるデザイナーさんの力があるという。今回は、事業構想から現在に至るまで、常に第一線で活躍し続けるマーケティングディレクターの吉野桜子さんに詳しい話を伺った。



手書きの紙芝居と200回のプレゼンから始まった夢の実現



- 今回は代官山にある「SVB TOKYO」にお邪魔しているのですが、ビールの製造工程を目の前で見ながら食事ができる店舗のデザインが素敵ですね。私、ビールって100%機械で造られているものだと思っていました。


実際は半自動くらいで、手作業も結構多いんです。おっしゃるように、ビールの製造って大きな工場で缶がたくさん流れてくるイメージが強くなっちゃってて。それに、同じ醸造酒でもなぜかワインや日本酒のほうがナチュラルなイメージを持たれていたり。だからこうしてお客様から見えるようにすることで、決して工場で人工的に造られているものではないことを知っていただければと思っています。


- なるほど。そもそも、大手ビールメーカーのキリンさんが、こんな風に小規模な醸造所を構えてクラフトビール事業に参入されたのは、何かきっかけがあったんですか?


周囲の友達にビールの良さを伝えるにはどうしたら良いか、と考えたことが始まりですね。

私自身、ビールがもともと大好きで(笑)。学生時代から全国各地の地ビールや海外のビールを飲み歩いたりしていました。ですが、周囲の女性はビールを飲む人が少なく、会社でも「若者のビール離れ」が問題視されていたりして。聞くと、「ちょっとおじさん臭い」イメージを持たれていたり、「味が一つしかない」という選ぶ楽しさがないことも大きな原因だと感じました。


 確かにそうかもしれませんね。乾杯の時も「とりあえずビール!」って頼みますし。


そうですよね。でも実際はすごく多様性があって、ヨーロッパでは街ごとに違うビールを造っていたりするんです。それに、職人さんが手で造っていてすごくナチュラルで、決しておじさんだけの飲み物ではないですし。でも、そういったことを打ち出すために、キリンビールから缶の新商品を出しても絶対に伝わりません。だから「ビールを造る場所」と「多様性のあるブランド」を展開していくことで、ビールの本当の魅力を伝えていこうと考えたことがきっかけです。


- そこから立ち上げまではどんな風に?


当時キリンビールの社長だった磯崎(現キリンホールディングス社長)のもとへ、直談判に行きました(笑)。私の頭の中にある未来の構想を手書きの紙芝居にして、必死にプレゼンして。今考えてみると全くビジネスとしては企画になっていない、採算性もほとんど考えていないようなものでしたが、「うんうん」って聞いてくれて。最後に一言「どうせやるならすごいことをやってくれ」って。


- すごい行動力ですね! 


その後はプロジェクトメンバーを募るため、同じように紙芝居のプレゼンを200回以上繰り返して、社内のいろんな専門家を頼って回りました。大きな会社なので、人を動かすためにはそれなりに時間と労力がかかる部分はありますが、やっぱりみんなビール会社の人間なので、ビールが好きなんですよ。だから「ビールで楽しいことができるなら」と多くの方が協力してくれましたね。


- 未来を描いた紙芝居をもとに、あらゆる専門家を巻き込んで形にしていったんですね。




マーケティングに頼らず、自分たちの理想とお客様の声からつくる



- メニューを拝見すると、定番の6種類以外にも店舗限定や季節限定など魅力的なビールが多いのですが、商品開発はどんな風にされているんですか?


ビールは造り手であるブリュワーの感性をすごく大事にしています。昔ながらのマーケティングでターゲットを定めて「この人たちの好みはこういう傾向だから、あなたが飲みたいのはこれでしょ?」って、少し押し付けがましいと思うんですよね(笑)。少なくとも私は「俺はこれが美味いと思うから飲んでみてくれ!」って勧められたい。もちろんブリュワーとも話はしますし、最近のお客様の傾向などの定量的なデータも参考にしますが、基本はその人が造りたいものを大事にしています。

- この6種類の定番も、それぞれブリュワーさんが違うんですね。


はい。ホワイトビールが好きで好きで仕方がなくて「自分で造りたい!」という女性が造ったホワイトビールだったり。あとは、黒ビールって麦芽を火にかけて焦がすことで黒い色を出すのですが、その加減がすごく難しくて。そこに、麦芽の研究を10年やっている人が造った黒ビールだったり。


- 聞くだけで飲んでみたくなりますね! こうして店舗があることで、お客様の声も柔軟に取り入れられそうです。


そういう意味では、ここが巨大な実験の場と言えるのかもしれません。実際に、店頭でアンケートを取ってご意見をいただくこともありますし。あとは「CLUB SVB」というファンコミュニティに参加してくださっている方には、試飲会に来ていただいて、その場で一緒にお話をする中でビールを完成させることもありますね。


- 非常にユーザー視点ですし、まるでお客様も造り手のようですね。


そうですね。すでにイベントではボランティアスタッフの方が私たちと一緒にビールを注いでいる場面も見られます(笑)。ビール造りもお客様の声を取り入れているので「もっと一緒にやりたい!」と思ってくださる方が出てきたら、「じゃあ一個造っちゃいましょうか!」みたいな。お客様と私たちの境目が曖昧になるような状態を目指すことで、“飲み手”と“造り手”が一緒に造っていける環境ができれば良いですね。




デザインはすべて、伝えたいことを届けるための「言葉」



- SVBでは商品のパッケージから店舗まで、デザインがすごく一貫している印象を受けるのですが、何か意識されていることがあるのでしょうか?


実はSVBのブランドは、開発当初から外部のデザイナーさんと二人三脚でやっています。

ビールの魅力って、こうしてお話をする機会があれば長々とお伝えすることができるのですが、「ただ飲みに来た人にいかに魅力を伝えるか」というのは、全てデザインだと思っています。

たぶんキリンのような大手メーカーでも、まだまだパッケージってただのお洋服だと思っている人もいて。モノができて、コンセプトもあって、売り方も決まってから「じゃあデザインを考えてください」のように進めることもあると思います。ですが本来、伝えたいことから最後の表現までを見越して一緒に考えるほうが良いものができると思うんです。だから組織としても、マーケティング担当の私だけがデザイナーさんとやり取りをするのではなく、最初からディスカッションに入っていただいたりもしています。


- まさに二人三脚ですね!


デザイナーさんも、私のやりたいことを引き出すのがすごく上手で。自分では整理できていると思っていても、まだ甘いところは「これってどういうことですか?」とか「色に例えると?」とか「写真だとこの中のどんな感じですか?」みたいに、上手く言語化や可視化をしていただいています。


- 事業の構想段階からデザイナーさんが関与されている点など、まさにデザイン経営だと感じたのですが、吉野さんは「経営にデザインを」という考え方に対してどんな印象をお持ちですか?


絶対にそうあるべきだなと思います。私は、デザインってそれがないとコミュニケーションが取れないような「言葉」だと思っていて。例えば言葉が通じなくてもデザイン一つで伝わることってありますよね。実はこのお店の製造設備も、お客様の体験をデザインすることに重きを置いたことで、すごく効率の悪い配置になっているんです。


- と、言いますと?


ご覧いただければわかるように、数ヶ所に分けて製造設備を配置しているのですが、実際は一つの部屋に全て収めてしまったほうが効率が良いんです。なぜ分けたかと言うと、設備と設備の間に入り口をつくりたかったから。お客様が入り口から入ってくるときに「あ、こういうお店なんだ」っていうのを伝えなきゃいけない。仕込釜や発酵タンクを眺めながら入ることで、ビールを造っている場所であることが伝わるようにしています。



- なるほど。入店時の体験をデザインされている、とも言えますね。


そうですね。あともう一つ。デザインは困ったことを解決する手段でもあると思うんです。

例えば、従来のクラフトビールって「パイントグラス」という真っ直ぐな大きいグラスで出すことが多いんです。でもそれって女性や手の小さい方には持ちにくいんですよね。SVBでは、そのビールが一番美味しく飲める形のグラスで提供しているのですが、いずれも少しくびれたような形で対応して、持ちやすくしています。そうすることで、少しでも持ちにくさを感じることなくビールを楽しんでいただければ嬉しいですね。




ビールを起点に新しい文化をつくる



- ここまでお話をお聞きして、クラフトビールってすごく魅力的だと思ったのですが、日本の飲食店さんがあまり扱わないのはどうしてなんですか?


場所の問題もありますね。ビールのサーバーや樽ってすごく大きくて。日本は小さい飲食店さんが多いので、いろんな種類のビールを扱うのが難しいんです。だから、キリンビールでは3リットルのペットボトルにビールを詰めて、これを4つ設置することで4種類のビールが出せる「Tap Marché(タップ・マルシェ)」という小型サーバーを提供しています。そして実は今、これが面白い広がり方をしていて......。


- どういうことでしょう?


小さい飲食店さんでもいろんな種類のクラフトビールが出せるようになってきたのはもちろん、映画館やブックカフェ、シェアオフィスやランドリーなど、今までビールを置いていなかったところにすごく広がりを見せているんです。そうすると、ビールの違う使われ方が生まれてきていて。


- なるほど! それだともっと気軽にビールを楽しめそうです。


そうなんです。仕事帰り、外に飲みに行くのは誘いづらいけど、そのまま職場でちょっと乾杯して帰るくらいならコミュニケーションが円滑になるし鬱陶しさもない。そんな風に、新しい時代にビールがつくる絆が生まれてきたりもしています。


- ビールを起点に新たなコミュニケーションや文化が生まれているんですね。


はい。ほかにも、今後は同じ飲食店でも今までワインしか扱っていなかったイタリアンのお店や、お寿司屋さんなどにも置かれるようになることで、日本独自のクラフトビールと料理の合わせ方が生まれてくることも期待しています。私たちが提供しているものって単純に集約すると「ビール」ですが、それを楽しむ空間や、合わせる食事なども含めた「ビール体験」だと考えているんです。SVBを通して多様な人たちが自分のお気に入りのビールで乾杯し、合わせる料理や周囲の人とのコミュニケーションを楽しむ。SVBは時代と共に変わりつつも、そんな体験を提供し続けることができれば嬉しいですね。


- ありがとうございました。




「私たちはSVBのビールを売りたいというよりも、ビールを体験する機会を提供していきたいんです。だから、利益を上げることよりも、とにかくお客様に良い体験をしていただくことが大事。」と吉野さん。

事業の構想段階からデザイナーと共創し、飲み手と造り手が本来の垣根を越えて共に未来のビール体験をつくっていく。その背景には、「デザインは言葉」と言い切る一貫した細部へのこだわりと、ビールに対する強い愛情があると感じた。


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