例えば、人混みの中で子どもが迷子になった。慌てて出かけて財布を忘れてしまった。そんなシチュエーションをbiblleという見守りサービスで解決しようとしている井上氏。 見守りサービスとは何か、ビジョンとして掲げられた「優しい世界」とはどういうことか、井上氏に詳しい話を伺った。
実体験をもとに立ち上げたサービスは、技術だけでは完結しない仕組みに
-まず、早速ですがbiblleとはどういったサービスでしょうか?
アプリとタグを掛け合わせて使う位置情報サービスです。
アプリをインストールした端末にタグが近づくと、タグを登録しているユーザーに位置情報を伝えることができます。インストールした端末が増えれば増えるほど、地域全体で見守りのネットワークが形成されます。それによって、迷子の子どもや徘徊する高齢者の位置を知ることができます。
学生時代の友人、中村(CTO)と会社を立ち上げ、2017年2月にリリースしました。私は起案を行い、中村は技術者として参加してもらいました。biblleは"bible"と"love"を組み合わせた造語で、誰かへの優しさをつむぐ、という想いを込めて名付けました。
-このサービスを立ち上げようと思ったきっかけはなんですか?
うちの祖母が認知症になって徘徊をしたのがきっかけです。
何度も家から居なくなってしまったり、その度に家族総出で探し回ったり、大変だったんです。当時も捜索デバイスはあったんですが、認知症や高齢者に特化したものがなく、どうにかしたいという想いがありました。
-実体験から生まれたサービスなんですね。ユーザー視点での問題提起と課題解決は素晴らしいですね。biblleが他の捜索デバイスと異なる点は何ですか?
捜索デバイスはGPSが主流でしたが、僕らはBluetoothを使っています。
GPSは重たいし、電池もすぐ切れるし、常に持ってもらうには難しい面がありました。その点、Bluetoothはサイズも小さくでき電池も数ヶ月保つので気にせず使うことができます。
その上で、高齢者の方も小さい子どもも、センサーを持ちたくないし、無骨なものを付けるのは恥ずかしいんです。なので、付けていてテンションが上がるようなものにしたくて、娘や家族の写真を入れられるようにして、オリジナルのタグを作れるデザインにしました。
でも、技術だけで完結する仕組みというのはやっぱり難しいので、技術に人の手が入って初めて完結する仕組みの方が、モノのとしても社会インフラのデザインとしても良いサービスだと思っています。
biblleを支援することが、誰かを見守ることになる
-なぜ人の手が入って完結するサービスにしたのでしょうか?
端末として高齢者さんが持ちやすいような仕組みを作りたかったんですけど、一方でうちの祖母を見つけてくれたのはやっぱり地域住民の人たちだったんですね。
なので、家族だけでは完結させず、地域の人たちにアプリを持ってもらい「自分がアプリを持つことで誰かの位置情報を変わりに拾ってあげる」という優しさを持ったシステムにしました。
-なるほど。それが「見守り」というキーワードに繋がっているんですね。地域の人たちに参加してもらう為に、どのようなことをされていますか?
例えば、神戸の認知症ケアネットの人たちとプロジェクトを立ち上げ、biblleを使ってどう見守りの訓練をするかという検討をしています。小さいながらも地域ごとにbiblleを機能させていく活動をずっとやっています。
僕らはInstagramなどSNSに写真をあげる時、#biblle と #projectbiblle というハッシュダグをつけるんです。それは、要は貧困と闘うシンボルのホワイトバンドのように、biblleを支援することが誰かを見守ることになるという一つの大きなプロジェクトなんだということを広めようとしているんです。
-支援することが誰かの安心に繋がるという新しい価値観を提案されているんですね。
ちょっと誰かに優しくしたいと思うように、人々の意識を変えていきたい
-biblleは今後どう展開されようと考えていますか?
最終的には、ライフサイクル全体を見据えて支えていける仕組みを作りたいです。 今は徘徊を始めたタイミングで役に立ちますが、本来は徘徊を始めたタイミングで見つけてくれる人がいて、家まで送り届けて欲しいわけです。
biblleは徐々に膨大なデータが集まっているので、色んな場所で位置を拾えるプラットフォームになりつつあります。位置が分かれば、近くのケアスタッフさんが代わりに探してあげて家まで送り届けてくれたり、蓄積したデータをもとに行動を分析して認知症になる前に発見することができれば、健康寿命延伸のプログラムができるかもしれないと思っています。
また、見守りの先には防災やエンターテインメントなど、いくつかの軸が見えてきています。
-防災やエンターテインメントですか?
自動販売機と連携するという話もありまして、夜道を歩いていて怖いなと思ったらbiblleのボタン押すんです。そうすると周りの自動販売機がパッと明るく点いて、助けになるかもしれません。 また、熊本に「竹あかり」という竹にライトを焚べるとても綺麗なプロジェクトがあるんですが、biblleをもって歩いてるとその竹の灯が揺らぐという展示も行いました。
biblleは、持っているだけで安心というサービスですが、持っているだけで日々の経験が変わっていくユーザー体験をプラスαで提案していきたいと思っています。
正直、兼業だからできるんですよね(笑)。合同会社だからというのもそうだけど。株式会社だと業績にフォーカスしてしまうので、合同会社にして、いろんな活動をしながら、biblleというプラットフォームをどう太らせるかという所に集中しています。
-実現したいことに向き合えるように会社の形態もデザインされているわけですね。それでは、サービスとは別に、井上さん自身はどんな未来にしていきたいと考えていますか?
小学生くらいの子が、頑張ってボタン押してエレベーターの扉を開けてあげる姿を見て、すごく良いなと思ったんですよね。
そういった、ちょっと誰かに優しくしたいと思うように、人々の意識を変えていくことが最終ゴールです。もうシステムとかビジネスとかではなく、そんな意識が拡がっていくのが最終的な未来像ですね。
-なるほど、井上さんの描かれる「少しだけ優しい世界」の第一歩としてbiblleがあるわけですね。
-では、最後になります。最近、「デザイン思考」や「デザイン経営」という言葉をビジネスシーンで耳にすることが増えています。井上さんにとって、「デザイン」とはどのようなものだと考えられていますか?
デザインは見た目や形では無く、ストーリーテラーだと思います。こういう高齢者の方が、こういうシーンで、こうなった時に、こう使う、という新しいスタイルとして提案する、そのストーリーを表現するものがデザインだと思っています。
僕らみたいな小さいスタートアップは経営=自社のサービスなので、僕らが提案したい新しい社会のあり方とかサービスをどう普及させるかを表現できなければいけません。それを一瞬で伝えることができるので、デザインの持つ力というのはすごく大きいものだと思います。
-ありがとうございました。
サービスとして素晴らしいのはもちろんだが、biblleはそこに留まってはいない。見た目のデザインだけではなく、作りたい理想の未来像を描き、そこからサービス体験をデザインし、さらに地域の人たちに意識を広げる体験をデザインされている。
想いから事業を作り上げ、実現するために会社の形までデザインされている井上氏の取り組みは、まさしくデザイン経営そのものではないだろうか。
(写真左から、CTO 中村 晋吾 氏、CEO 井上 憲 氏、COO 松林 晶 氏)
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